ベトナム縦断*旅日記 第8日

  
  −−−−−− ベトナム縦断9日間旅日記 ― 第8日 −−−−−−

{8日目;9/26(土曜日)}

[うるさい朝]
騒音の為、またまた6時前に起こされた。シャキっとする為、朝シャンした。
買っておいたクッキーを口に詰め込みながら、冷蔵庫で冷やしておいたジュース
類をカバンに詰め込む。
部屋を見渡した。今回の旅行は設備面では充実している。シャワーもトイレ
も部屋の中にある。水シャワーでもない。さらに冷蔵庫まであるなんて、異例中
の異例だ。冷やした缶類を見てしみじみ感慨にふけった。まぁ、それだけのこと。

[シンカフェ]
一応、押さえていたビーチへのツアーは、あと一人が集まらず、最少催行人
数に満たなかった。約束通り8時にシンカフェに行き、昨夜、条件付きでリス
トに書いておいた自分の名前に2重線を引いた。これによって、なかなか踏ん
切りがつかなかった「レンタバイクでビーチへ行く」という今日の予定が確定し
た。それと同時にやらなきゃいけない事も2つ思い出した。

[ガセネタ:バズーカ砲]
この旅にくる前にバズーカ砲が試射できる情報を少し集めていた。その中で、
線の細い情報として「ベトナムでも撃てるかも」なんてのがあった。
それぞれダメ元で「ろけっとらんちゃー」「はんどきゃのん」とか聞いてみると
シンカフェ;「シラナイネ」
キムカフェ;「???、ああ、、、Hahaha!軍にはいれば?」
と、馬鹿にされただけで終わった。
  やっぱしなぁ、、、ベトナムは社会主義国だし。

[名刺作り]
ずーっと、自分の住所の入った個人の名刺が欲しかった。ホテルのフロント
で名刺を作りたい。と言ったら、場所を教えてくれないで、出入りの業者を電話
で呼び出してしまった。本当は店に自分で行って値段交渉から始めたかったのだ
が、しょうがない。待っている10分間くらいの間、図案をメモ帳に書き付けた。
200枚でUS$9。多分ボラれていると思ったが、日本じゃ3倍以上する。時間も
もったいないので、即決した。文字色は、フロント嬢2人のアオザイの色で「彼
女と彼女の間の色」(青とエンジで群青色)と指定した。24時間以内で作らせる
のも高くなった原因かもしれない。明朝に受け取りの約束をして別れた。

[レンタバイク]
自分の氏名が「タクト」なだけにホンダのスクーター「TAKT」があれば、ギ
ャグとして乗りたかった(小学生の時、発売されてよくからかわれたものだ。)が、
スクーター自体、ほとんど見かけなかった。走っているのは8,90ccのスーパー
カブばかり。昨夜、目を付けていたフィルム販売店兼用のレンタルバイク屋に行
き、買ったばかりの地図を手にバイクの持ち主と話しをする。目指すビーチの名
は、ブンタウビーチ。市内からの距離は125Km。道は覚えやすく、市内を抜け
て30kmの十字路一個所で右に曲がれば良いらしい。道は良いそうだ。
 スーパーカブ、いや、ギア付きバイクに乗ることが初めての自分は、バイクの
ギアの切替え方等を簡単に説明してもらった。見た目は新品。スターターも1発。
音も変じゃない。ブレーキは効く。
  レンタル料は一日US$5。夜9時までに返せばO.K.。契約を交わし、デポジ
ットとしてパスポートを預けて、いよいよスタート。ぶっつけ本番だ。
  
  昨夜ほどではないが激しいバイクの流れの中に、慎重に走り出していった。


[バイク・往路125km―――ビーチヘ、、、]
市街地を抜けるまで2,3度道に迷ったが、すぐに人に聞いて、軌道修正。その
最中にガソリンがほとんど入っていないことに気付く。ガソリンFULLにして
返せって言ってたから、てっきりFULLだと思っていた。(日本的常識なら、ス
タート時はFULLなん)だが、、、やはりベトナム!!気が抜けない。ここまで徹底
していると怒る気にもならない。

市街地を抜ける少し手前で、ガソリンスタンドを見つけ、満タンに入れても
らった。ガスは4500ドン(45円)/L(リッター)。3Lは入った。燃費は約40km
/Lと聞いていたから、あと2回は入れなきゃだめだな。と頭の中で自分自身に
注意した。

心配していた「交通の流れに乗る」という課題は、
急発進:ギアをセカンドかサードに入れて発進するとスタートが
        ゆっくりになる。(でも、後ろに少し迷惑+燃費が悪い。)
急ブレーキ:周囲に注意しつつ、常にブレーキに掛けた指を意識しておく。

でなんとか対処。市街地を抜けたとたん、バイクの密度が1/5くらいに減った。
バイクにも慣れて居きたので、調子こいて60km/h平均で走行。道も舗装されて
いて、片道2車線。轍(わだち)もない。慣れてくるにしたがって、90Km/hで
巡航するようになった。
 一旦行きすぎた分岐点も、メーターの距離とカンでなんとか入り直し、ほっと
した。あとは道なりに行き、海が見えればOKのはず。

でも、すぐに、道が悪くなった。たびたび、デコボコに水が溜まったドロで
ぬかるんだ道に差し掛かる。前を走るジモティの速度を真似し、ルートをたどり
ながら、水溜まりを避けていく。バイクを貸してくれたおやじに頭の中で「うそ
つき!!」っと蹴りを入れたが、自分の英語力も反省した。「paved(舗装した)」
なんて単語は出てこなかったのだ。「Good Road?」って問いかけに対する答え
は、人によって違う。彼にとってはこれも良い道なのだ、、、多分。

小刻みに舗装道路とドロ道が交代する。時間のロスとイライラがつのった。

40Km地点。一杯7000ドンのホー(麺)を食べて一服。まだ、先は長い。ホ
ーを写真に納めたついでに橙色の派手なアオザイを着た若い宮崎美子似のウエイ
トレスが、目に止まった。写真を取らしてくれと頼んだが、隣にいた親父に聞い
てくれと言われた。親父の答えは
「No」
成人女性が、たかが写真を取られるのに親父の許可がいるのかぁ?と思った。が、
素直にカメラはバッグの中に閉まった。奇妙に思えるそのやり取りの方が面白か
った。

70km地点。ずーっと、曇っていたが、ついに雨に降られる。100km/h以上で
ノーヘルで走っていると、小雨でも顔に当たる雨粒が痛い。さすがに90 km/h
以下に落とす。

90km地点。女子高生の通学(帰宅)の列に出くわす。何がいいって、清楚な
白のアオザイ。脇にも足にも入ったスリット。透き通る生地にクッキリと見える
ブラジャー。(じゅるっ)目が自然に追いかけていく。
日本ではやらないし、日本以外ででもこの行為は、変態だなと思いつつもバ
シバシ写真を撮りまくった。今日は、どこか気持ちのタガが外れている。校門前
まで行き、そこにあったドラム缶2個のガソリンスタンドで2回目の給油。校門
前に屋台もあって、その前で堂々と買い食いしている女学生の姿がほほえましか
った。

110 km地点。中国スタイルな教会を見つけ休む。内部は普通の教会。外から
見た窓周りの装飾類が中国風。尖った屋根の頂点に十字架。その混在っぷりが、
興味を引いたのだ。
ハンドルの振動で両手がジンジン痙攣している。小学校の社会でならった、
林業のチェーンンソー病って、こういう感じなんだろうか?。と思いつつ、ジン
ジン感が収まるのを待つ。やはり舗装しているといっても、でこぼこが多いのだ
ろう。
時間は1時を回っている。ここまでくるのに、3時間以上かかった事になる。
車だと平均時速40Km/hで3時間なんて屁でもないのに、まったくバイクを舐
めていた。風圧や振動、、、腕にかかる負担が全然違う。とはいっても、ここまで
の行程だけでも結構楽しかったから、後悔はしていない。しかし、1日で往復
250Kmは、無茶しすぎだったと少し反省。

海まで15Km。
 あともう少しと、気合を要れ直す。
 小雨も上がって、晴れ間も見えている。

画一的なマンション群が立ち並ぶ、新興住宅地をぬけ、やっと海が見えてき
た。ずーっと見えなくて、道を間違えたのかと、不安だったが、最後の最後で突
然、視界が開けた。

125 km地点。情報は、しっかりしていた。走行距離にズレがないところが、
律儀なベトナム人気質なのかな、なんて思い、独りニタニタする。

典型的な海の家が砂浜の前に並び、右手に20m級の小高い丘が見えた。バイ
クで行くと展望台の様になっていた。曇っていたからか、土曜だというのに、ビ
ーチの人は疎らだった。


[海水浴]
  時間は午後2時を回っていた。予定では、平均時速40km/hで計算して、3時
間で着けると思っていたのだが、車ではなんでもない125kmという距離と道の
悪さを嘗めていた。ハンドルを握る手がしびれて、途中で休憩を取らざるをえな
かった事も大きな誤算だった。女子高生を撮るのに時間をたっぷりかけたわけで
も、、、ない。断じて。

駐輪と着替えは海の家で出来るのかな?と考え始めながら、まずは、小高い
丘よりビーチと海を眺めていた。海の風が心地いい。すると、前から、発射装置
付きの小さい銛を手にした大柄の白人と、ここでは珍しい中型(250cc)のバイ
クに乗ったベトナム人がこちらに近づいてきた。
2人は一言言葉を交わし、白人の方は、スタスタと慣れた足取りで海の方へ
降りていった。目の前の崖に海へ降りる小道があったのだ。すぐベトナム人の方
が、気さくに声を掛けてきた。
「やあ、日本人?ホーチミン市街から来たのかい。」
TAKT「うん。そうだよ。今来たところ。」
「それで?」(自分の股下のバイクを指して)
TAKT「そうだよ。」
「宿は?ここで泊まるの」
TAKT(ん?客引きか?こいつ。)少し警戒。
TAKT「いいや、(時計を見て)1時間だけ泳いだら、ホーチミン市街へ戻るん
だ。」
「わはははははは。ホーチミン市街から日帰りだってぇ。」
「おまえはクレイジーだ。本当にクレイジーだ。わはは(^^)」
少し、むっとしたが、いままでの道のりを考えてみれば、バカな事だ。と自分で
も思う。
TAKT「明日、日本へ帰るんだ。時間がないんだから、しかたないよ。、、、でも
確かにクレイジーかも。」
素直に認めた。海の家を指して、
TAKT「あの家にシャワーはある?」
「わはは。家でシャワーを浴びればいい。こっちにきな、バイクを留めよう。」
悪いやつではなさそうだ。直感でそう思う。でも、まだ警戒は解かない。

 展望台の隣の高台の上にビーチパラソルだけの駐輪場。見張りおじさんが一人
いるだけ。こういうやり方は、教えてもらわなきゃわかんなかったな、と思った。
料金は後払い。当然か、時間によって違うのだろう。

先ほどの白人と同じところから崖をおりる。ベトナムは予定がギチギチだっ
たのでビーチや泳ぐことはまったく考えていなかった。んで、水中メガネを持て
来なかった。だから、メガネをかけたまま、1時間仰向けに浮いているだけでよ
かった。目の前に島があり、潮の流れは思ったよりも速かった。クレイジーな自
分に興味を持って、付き合ってくれているベトナム人と話をしていたおかげで1
時間があっという間に過ぎてしまった。
彼の名はビン。ホーチミン市で警察官をしている。白人の方は、ここの海と
泳ぎが気に入った為、ここで職を得て、暮らしているドイツ人の友人だそうだ。
彼の職は俺が世話した、と少し自慢げだった。彼の奥さんは、散髪屋をしている。
帰りがけに散髪をしていけとしきりに薦める。実はこの旅行の直前に散髪したば
っかりでこれ以上短くしたらツンツンに立つのはわかっていた。最初は断ってい
たが、あまりに熱心に勧める(3回以上)のでお願いすることにした。


[散髪]
駐輪代の3000ドン(30円)は、いいと言うのに、ビンがおごってくれた。
海外で3000という数字を聞くと300ドルか3000円かが一瞬頭を走り、一瞬焦
るのだが、そんな、一瞬の戸惑いさえも、彼は観察していたのかも。
彼の家でシャワーを浴びる為、彼のバイクについて行く。注意深く、丁寧な
先導ぶりが、自分の中の警戒心を溶かしていく。彼の気が住むまでつき合ってや
ろうと思う。なかば、しかたなくだけど。
 5分ほど、住宅街をウロウロしたあと、座席が1席だけある小奇麗な散髪屋に
着いた。ビンは、腹に子供が入った奥さんに散髪させるつもりだったが、1言ピ
シっと断られていた。(ベトナムの女性ははっきりしている。)こっちも時間が惜
しいので、不必要な散髪を断りかけたが、ビンは、「俺もできるんだ。」と言いは
り引く様子がない。仕方なく席についた。
  基本的に日本の散髪の仕方と変わりはなかった。両手を使ってポコンポコンと
音を立てる肩たたきのやり方まで一緒だった。唯一の違いは、耳掃除だった。自
分は、毎日風呂上がりに綿棒をするのが好きで、習慣にしていた。だから、そん
なに、耳クソが溜まっていない。でも、奥に合った薄い一片をピンセットで取ら
れた。痛がったのを見てすぐやめてくれた。今度は、金属の棒を耳につっこみ、
小刻みに振動を与える。マッサージの様だった。飛びきり快感というわけではな
かったが、少し気持ち良かった。

[シャワー]
 洗髪用の部屋が奥にあり、そこでシャワーもできる用になっていた。一般的な
形式なのかどうかは分からないが、無事、水シャワーを浴びて、海水を洗い流す
事ができた。


[ビーサン]
時間は4時を回っていた。行きにかかった時間を考えると9時にバイクを返
すにはリミットだった。下手をすると、パスポートを預けたまま、明日帰れなく
なってしまう。素早くお礼を重ねて言い、帰路につこうとする。と、ビンは自分
のはいていたビーチサンダルを指差し、
BINH「買わせてくれないか」
と言った。事前に
BINH「いくらで買った?」
TAKT「US$35」
とかいう会話があったが、気にも止めていなかった。
BINH「ベトナムでもアジダスは売っているが、そんなデザインの靴は手に入ら
ない。だから、それをUS$35で買わせてくれ。代わりに自分の靴をはいていっ
てくれ。」
暑い所で、街歩きもできるくらいしっかりした物で、シャワー浴びた後でも
普通の靴と違って、かまわずすぐはける。自分としては、暑い場所の旅にいつも
はいていくお気に入りのビーサンだった。でも、明日は帰るだけだ。トータル2
ヶ月もはいていないが、中古を買値そのままで売るのは少し気が引けた。日本で
は夏がくれば、買い直せる。う〜ん、買い治すからなぁ。
TAKT「O.K.。$30でいいよ。使っているから。」
BINH「いや、$35でいい」
で、靴を交換して、お金を払う段になって、奥さんと2,3言言葉を交わした。
BINH「ゴメン。金庫の鍵をお母さんが持っていて、今、お金が出せないんだ。」
う〜ん、最初から策略だったのか?落胆の色は隠せない。
BINH「今は払えないけど、銀行口座を後で教えてくれ、そしたらちゃんと払う。
もし、信用できないんだったら靴はいらない。」
悪いヤツでは、ないと思う。色々親切にしてもらったし、最初っからだます
つもりならこんな手の込んだ事はしない警察官と美容師という職をそれぞれ職持
った大の大人が、お母さんに断らなきゃ買い物もできないってのも変っちゃ変だ
が、、、。

 (信用30%+感謝の気持ち40% > 疑惑20%+疑問10%)

 信用したい。別にあげてもいいや。いや、あげたと思えばいい。
TAKT「分かったよ。信用するよ。」
 色々、騙されてカリカリきていたベトナムで、良い思い出を壊したくないって
思いもあったのかもしれない。

 もう4:45。ゆっくりしている時間はなかった。
 BINHはホーチミン市に戻る1本道まで見送ってくれた。3分で行きに見た、
自分の知った道へ出た。


[バイク・復路125km―――前半・雨]
後は、帰るだけ。暗くなったら、速度がだせない。明るいうちに距離を稼ぎ
たい。だから、舗装道路は、110km/hで飛ばした。雲ゆきがさらに怪しい。ホ
ーチミンに戻るまで3時間持ってくれ〜。との願いもむなしく30分も走らない
うちにどしゃぶりの雨になった。
10000ドンでポンチョを買った。3000ドンのペラペラものもあったが、体温
の低下を考慮して、少し厚手のものを選択した。それでも100円なんだから笑
ってしまう。
眼鏡に流れる雨のせいで、視界が悪くなる。60km/hまで速度を下げる。雨は
どんどん激しく大粒になっていく。頬を容赦なく叩く大粒の雨の痛さに耐えかね
なんとか我慢できる時速40km/hに。休みなく走って、ギリギリのペースだ。
ジャリ道やドロ道は、時速5km/h。メットもしてない。確認が遅れて転倒す
れば、おだぶつだろう。冷静になって、西の方を見ると、太陽の明かりが見えた。
今日一日、曇ったり晴れたりの天気だったから、このまま降り続くものと思いこ
んでいた。が、少し余裕が出てきた。スコールと見て良いだろう。思い切ってテ
ラス型の喫茶店にバイクを止めた。

[コーヒー]
雨宿りしながら、小やみになるのを待つ。他の皆が飲んでいるのは、香りか
らコーヒーと分かる。英語が全く通じなかったので、指で指して注文(2000ドン)
する。首から入り込んだ雨の為、Tシャツと短パンながら、びちゃびちゃで気持
ち悪い。
出てきたコーヒーは、透明な背の高いガラスコップの上に豆の入った金属製
のこし器がついてくる。別のポッドに入った湯を自分で注ぐ。立ち上る湯気に、
冷え切った体温を再認識する。ポタポタ落ちる茶色い水滴を見ていると落ち着く。
残りの距離(98Km)と時間を計算する。30Km走って、10分休憩、給油2回、
平均時速40Kmで20:30着。確実に行けば、そんなに焦らなくてもいいのだと
確信する。焦って転ける方が怖い。
猫舌なのに、濾仕切った熱いコーヒーを喉に少し流し込む。暖かみが喉の神
経から心臓にどーんと伝わり、肺とその下の内臓にグワンと広がる。こんなにし
びれるコーヒーを飲んだのは初めてだ。走り出して1時間もたってなく、精神的、
体調的には、まだまだ、元気に走り続ける事ができたと思っていた。しかし、こ
の休憩は正解だった。空腹を感じ、途中で買った菓子パンをガツガツほおばる。
心と体に力が沸き上がってくる感じがした。
 
 15分後、雨が小粒になってきた。明かりもさしてきて、このまま晴れてきそ
うだ。雨が止むのを待たずに、元気にホーチミン市に向けて走り出した。


[バイク・復路125km―――後半・穴]
頭の中にたたき込んだペースを考えながら、スリッピーな悪路を落ち着いて
こなしていく。雨は上がり、舗装道路は快調に飛ばした。でも、すぐに太陽の輪
郭が見えないまま日没。
今度の敵は、闇だった。一言に舗装道路といっても、まだ技術が伴わないの
か所々に大きな穴がある。深いヤツは1m以上も陥没しているのだ。木の枝と
かを無造作に置いて表示している事は希だ。それでも明るい昼間なら遠くから認
識できるのだが、、、ライトをハイビームにしても闇の中に口を開けた穴を見てか
らブレーキをかけられるのは、時速40Km/hくらいだった。最高時速が上げら
れないと先の平均時速40Km/hの計算は狂ってくる。
このままでは、まずい。ジモティは7,80Km/hですっ飛ばしている。おそらく
このコースと穴の位置を熟知しているのだろう。悪路分の平均速度を補うには、
彼らに先導車としてついていくしかなさそうだ。
途中、先導車が砂利道にはまり2回程追突しそうになったものの、なんとか
市街地に戻る事ができた。一方通行が多く、交通量が多い道を何度か迷い。なん
とか分かるレロイ通りにたどり着いた。この道は、ベトナム人が夜グルグル周回
する3本の道の1つだ。
8:15 帰り道を探しつつ、残り時間と相談しながら、自分もその周回(=集会)
に加わった。目的達成。バイクの洪水の一員になって風になる。蒸し熱い風にな
ったひとときは、あっとゆう間に終わった。
8:30 今日一日、つき合ってくれたドロドロに汚れたバイクと笑顔で別れた。


[最後の夕食]
3夜ではあるが、行きつけになったベジタリアンレストランへ行く。AK君
や知った人に会えるかもという期待もあった。昨夜、ビーチの相談にのってもら
った中国人ウエイトレスにもお礼と感動を伝えたかった。
 途中フエのDMZツアーで会った南こうせつ似の運輸省人とバッタリ出くわし、
夕食に誘った。
 浮かれていた。バイクで走りきった感動が冷めやらなかった。酒も飲んでいな
いのに、ハイだった。やはり、普通に用意された観光だけでは、好奇心が満ち足
りない。今日は辛かったけど、見た物と触れあった物はでかかった。
ガラスビンを使ったマッサージは断ったが、ハンモックは、、、。
最初US$5だった。少し欲しい気持ちがあったけど、それを日本に持って帰っ
て使うケースは考えられなかった。
「US$4」「いらない」「US$3」「いらない」「5万ドン」「いらない」「45000ド
ン」「いらない」…
「いらない」を10回くらい口にした時、21000ドンになっていた。
もう一度、
「いらない」
と言うと、今度は、物売りの方が口をとがらせて
「21000ドン、って言ったじゃないか」
と言った。すぐに下げなかった事を理由にごねたり、気が変わったとかわしたり
する事もチラっと考えたが、このまま夕食を邪魔されるのと自分の中のボーダー
の価格に達してしまったのとを考えて、結局買った。まさかそこまで下げないだ
ろうと思った21000ドン(=US$1.5=210円)をうっかり口に出してしまったこ
とが失敗だった。本当の価格はいくらだったのだろう。ベトナムの物価の底値は
本当に見えない。

 使う予定の全くないハンモック。
最後の夜に荷物のカサが一気に増えてしまった。
でも、今日は、ベトナムに来て最高の一日だった。


 シャワーを浴び、荷作りをして、
疲れから、睡魔が体中を襲ってきた。
11時前には、
(やっぱり来てよかったヴィエトナ、、、)Zzzzzっとバタッnキュ。

明日は帰るだけ。
             と思っていたが、その考えは甘かった。

続く−−−−−− ベトナム縦断9日間旅日記 ― 第9日へ −−−−−−


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